世界クジラ②

「すごいな!
この街は!!」
「どこもかしこも
どうなっているんだ!!」
管理局と
名乗る少女たちに
連行されるがまま、
森の中を歩いていた
この島に
漂流した旅人「ノスト」だったが、
彼らが
森を抜け、
街につき
その街の景観を
目の当たりにした瞬間、
ノストの声が弾けた。
目の前に広がっていたのは、
それまで彼が
知っていた
「街」という言葉から、
あまりにも遠い景色だった。

白い石で
造られた建物が、
陽の光を柔らかく返している。
普段、
自分たちが生活しているような
城塞や城壁のような
威圧的な直線は少なく。
土や埃にまみれた
家屋(かおく)などでは
もちろんない
建物は曲線であり、
石造りなのは
わかるものの
そのすべてが
きれいに磨かれ、
継ぎ目が見えないくらい
美しく加工がされている
そしてノストたちが
歩くすぐとなりを横切る
宙に浮く、謎の球体
その球体には
柱はもちろん、
紐も取り付けられている
様子はない
その球体を中心に
まるで重力という概念を
無視しているような
町並みである
さらには
建物の下に
水が流れ水上都市のような
まるで
宇宙の天体を
彷彿(ほうふつ)と
させるような
一目見ただけで
そこが
魔法都市であることが
わかる
そんな景色が
目の前に広がっていた
「どうやったら
こんなにも美しい建物
美しい景観が作れるのだ!!」
「ここに
お前たちが
住んでいるのか!?」
「いやそれは
聞くまでもないか…」
「こんなにも整理され
発展された
美しい街並みは
はじめて見た!!」
興奮と驚きのあまり、
声が思考を追い越している。
声に出してから
頭が動きはじめているような
そのような状態だ
それも無理はない。
ノストが
これまで見てきた世界では、
電気などというものすら
まだ存在していない。
夜を照らすものといえば
蝋燭(ろうそく)か、
油に火を灯したランプくらいで
発展した城下町といっても
その発展の多くは、
――どうすれば敵に
攻め込まれないか。
――どうすれば
領地を守れるか。
そんな目的のために
閉鎖的に
積み上げられ
血や泥のあとが
隠しきれていない
そんな町並みであった
だが、この街は違った。
この街は、
ただ美しくあるためだけに
作られた街のように見える。
先ほどから
はしゃいでいるノストを
聞き流していた
管理局の隊長と思われる
少女ルカが、
わずかに振り返る。
「書物にあった通り、
やはり島の外の世界では
魔法はほとんど
存在していないのだな」

キョロキョロと
あたりを見渡していた
ノストが
ルカが歩いている方
進行方向へと、
顔を向き直す
「存在していないと
言い切るほどでは
ないが、、」
「旅の途中でも
幾度も魔法には世話になった」
「……
世話になったと言っても
大抵は
悪い意味でだがな」
「しかし
魔法と言えば
特別な才能を持ったものや
超常的な存在が
扱うような代物だった」
「でもこの街は
住む人間のほとんどの者が
魔法を扱えるのではないか?」
「そうでなければ
このような都市!
誕生しようはずがない!!」
あまりにも
幻想的で美しい街の景観に対し
感嘆の句を述べながら
歩いていたノストだったが――。
少し気になることがあった
男の数が少なすぎる
女性はいる。
島の海辺で出くわした
少女たちはもちろん
自分を連れて歩く
管理局のものたち、
道をゆく者。
店先で話している者。
魔法を使い、
道を綺麗にしている者。
そのすべてが
女性である。
男が
ほとんどいない。
目の前を歩く管理局を
名乗る少女たちより
少し下であろう、
まだ
少年と呼ぶべき年齢の
男児なら、
数人見つけることができた。
しかし特に――
ノストと
同じくらいの年齢の男から
成人していそうな
男性を
まだ一人も見ていない。
街そのものは、
賑わっている
というわけではないが
人口としては、
そこまで
少なくはないように見える
しかし
人口に対して、
あまりにも
比率がおかしいのだ。
そして、もう一つ。
道行く女性たちは
みな堂々としていた。
背筋を伸ばし、
自分が
この場所の住人であることに
誇りを持つように歩いている。
対して少年たちは――。
どこか肩身が狭そうだった。
街の隅を借りて
生きているような、
わずかなよそよそしさがある。
ノストは
手錠を揺らしながら考えた。
彼女たちが
魔法を使うために、
男が犠牲になっているとかか?
いや、
そうではなさそうな気がする
そういった
後ろめたい
何かを隠している街には、
独特の臭いがある。
目を逸らす者。
口を閉ざす者。
必要以上に兵士が多い場所。
この街からは、
それが感じられない。
むしろ逆だ。
誰もが、
この街のあり方に
確信を持っている。
まるで胸元に
勲章でもぶら下げているように、
目には見えない
「誇り」を身につけて歩いている。
それともー。
ノストは空を見上げた。

雲の間を、
白いクジラが
悠々と泳いでいる。
この島に来てから
ずっと感じている、
喉の奥に小骨が
刺さったような嫌な予感。
この島に
男がいないのは
あのそらとぶクジラが
関係しているのか?
旅慣れた者は、
景色を見るだけではない。
風の匂いを嗅ぐ。
人の目を見る。
街の静けさが
「平和」なのか
「沈黙」なのかを見分ける。
この街の風は
「平和」そのものだ
それなのにどうして…
どうしてこうも
私は嫌な肌感をこの街から
感じているのだろう?
旅慣れた冒険者である
ノストは、
危険の予感には
敏感であった

そうこうしているうちに、
一行は一際大きな建物の前へ
辿り着いた。
無数の細長い塔が、
槍の穂先のように
空へ向かって伸びている。
城のようにも見えるが
城にしては小さく
もっと細く、美しい――
周囲に
その威厳を知らしめるために
作られたような
そんな建物の扉の前で
歩みを止めた。
「母上様は
すでにお待ちだ」
「入れ」
ルカが言った。
ノストは
その建物の扉を
見上げる。
城と呼ぶには、
さほど大きくない
その建物に取り付けられた
嫌味なほど
背の高い扉が開かれる。
誰も触れていない
その扉は
巨人でも招き入れるつもりなのかと
思うほど
大きくゆっくりと
独りでに開かれる――。
開いた扉の向こうには、
一直線に伸びる長い床があった。
両脇には
規則正しく並ぶ巨大な柱。
その柱の近くに、
十人ほどの女性たちが
左右対称になるよう
整列している。
そして、
その長い床の先には
玉座があり
そこには、
一人の女性が座っていた。
説明される必要などなかった。
王冠がなくとも。
名乗られずとも。
その人物が、
この島の頂点に立つ者なのだと
分かる。
表情こそ笑顔ではあったが
その者が放つ
はりつめた空気感により
歩く足が重くなったのがわかる。
空間そのものが、
彼女を中心に
支配されているようだった。
この島の女王――
大魔法使い
魔女セルシア。

彼女は
ノストを見つめて
笑っていた。
少し愉快そうな顔。
だが、
その笑顔を見た瞬間。
ノストの背中を
冷たいものが走った。
彼女の微笑みは
人を安心させるための
笑みではない。
怒りや憎悪という
感情の刃を、
薄い布で
包んで隠しているような、
見た目だけは
取りつくろっては
いるものの、
人を殺傷できる機能を
全く隠す気がなく
すでに
誰かの血がついた刃物を
こちらに向けているような
そんな笑顔だった。
「連れて参りました」
ルカが頭を下げる。
セルシアは
微笑みの表情を
崩さなまま口を開いた。
「ありがとう
下がって良いわよ」
ルカたちは
来た道を戻っていく。
先ほどルカは
彼女がもう待っていると
言っていた。
もう話は
済んでいるのだろう
ルカは母親が待っていると
言っていた、
つまり
ルカは彼女ー。
目の前の女王の娘なのかも
しれない
しかし
そこは重要ではない
私の知らない連絡手段が
彼女たちの間に存在し、
この場へ来るまでに、
こちらの情報は
ある程度
すでに女王のもとへ
届いているということだ。
そして
きた扉は独りでに
とじはじめ、
私は前を向いたまま、
差し込まれていた
光の範囲と音によって
扉が完全に閉まったことを
認識する
先ほどまで共に
歩いていた
少女たちはもういない。
残されたのは、
私だけ。
前へ進め
そういうことなのだろう。
「座って」
セルシアが言った。
ノストは何も言わず、
手錠をつけた両手を前に
片膝をついた。

そして
軽快に女王セルシアは
口を開いた。
「あなた、
この島の外の世界から
来たらしいわね?」
「旅人さん?」
口調は楽しげだった。
まるで
珍しい客を歓迎しているようですら
ある。
だが、
その声音とは裏腹に、
彼女の声が
空気を通り
細い針のように
肌を刺してくる。
返答を間違えるな。
旅の経験がそう告げていた。
ノストは
言葉を使わず、
静かに頷いた。
セルシアは満足そうに
目を細めた。
「この島の男たちについて
ルカから
もう話を聞いたのかしら?」
やはりー。
男が少なすぎるという
違和感は、
正解だったらしい。
その答えあわせを
今からしてくれるらしい
しかし
そのことについて
悟っていたことを
気づかれないよう
すぐに、
しかし重くゆっくりと
この街の景色を見ても
全く気が付いて
いなかったような
ふりをして
無言で首を振る
「いえ、何も」
セルシアは、
それを見て
ほんの少し視線を伏せた。
「そう、、。」
「この島の男たちはね
みんな
この島から出て行ったの」
その声だけが、
急に幼く聞こえた。
そして――寂しそうだった。
出て行った。
その言葉の意味を、
ノストは測りかねた。
追放したのか。
殺したのか。
それとも文字通り、
船で海へ出たのか。
まだ情報が足りない。
ただ一つ。
男という存在に対して、
この女王が抱いている感情が
単純ではないことだけは分かった。
セルシアは
一拍置いて
その言葉を続ける。
「私は
「そばにいてくれるだけで嬉しい」
そう言ったのに」
「彼らは
それでは
満足できなかったみたい」
「……。」
「あなたは
魔法を使えるのかしら」
ノストは小さく首を振った。
「ー…。
やはり、
あなたもそうなのね」
「外の世界はわからないけれど
ここでは女である私たちしか
魔法を扱うことができないの」
セルシアの指が、
玉座の肘掛けを
ゆっくりとなぞる。
そしてその指が
端に近づいた時、
指を立てて
外に向かって
弾き飛ばした。
「だから
この島にいた男たちは
みな、
「もっと私たちの役に立てるように」
そう言って」
「船を出し海に行き
それから一度も
帰ってこないの」
伸ばした指を
くるくると
まわしながら
語る
その声には
まだ笑みが残っていた。
そして
そのはりつけたような
笑みは止み
先程まで
彼女の目の前で
まわしていた指をとめ、
その指を冷たく見つめる
セルシア
「私たちや
子どもたちを置いて
ずっとね」
何かが
軋みはじめているのを
感じる。
「だから
この島の外になんか
世界なんてものは
存在していなくて」
「世界の狭間のような場所に
男たちは行き
みんな死んだものだと
思っていたわ」
そして――。
視線が
ノストへ戻る。
「そこにあなたが来た」
セルシアは笑った。
「安心したわ」
「つまり
島の外には
ちゃんと世界が広がっていて」
「この島から出て行った
あの人たちはみな
生きている可能性が出てきた」
ノストの喉が、小さく鳴った。
唾を飲み込む。
その音すら、
広間に響いたような気がした。
ここでようやく理解した。
なぜ。
この女が。
自分という、
今日初めて会った男に――
これほどまでの
憎しみを向けているのか。
セルシアの唇が、
さらに弧を描く。
「この島の外にも
世界はあり
みな生きている」
「そして帰ってこようと思えば
帰ってこれたのにも
関わらず
何年も帰ってこない」
声が震えた。
「子供達や私たちをこの島に置いて…」
そして――。
「もう何年も!!!!!!!」
空気が爆発した。
そう錯覚した。
見えない衝撃が広間を走り、
圧倒的なその空気感は
数多の危険を経験した
旅人である
ノストの身体を後ろへと押しやる。
そして
セルシアの長い髪が、
風などないはずの
室内で宙を舞った。
身に纏っていたローブも、
大きな鳥の翼のように持ち上がる。
柱の間を、
低い唸りのような
音が走り鳴り止まない。
ノストはこれまで、
様々な魔物や怪物に出会ってきた。
腕一本で人間を引き裂く獣。
船そのものを飲み込む海の怪物。
一晩中追い回されたこともある。
そのたびに、
――死ぬかと思った。
そう口にしてきた。
だが。
今日の今まで。
これほど明確に
「死」を感じたことは
なかった。
怪物からは逃げられる。
腹を空かせた獣は、
より簡単な獲物を見つければ
追うのをやめる。
海であれば
運が良ければ
生かしてくれる。
だが。
今目の前にいる
女は違う。
今まで出会った
どの
凶悪な怪物たちよりも――。
旅人である
自分だけは
逃がしてはくれない。
そんな確信があった。
宙に浮く
魔女セルシアの髪を見ながら、
もしかすると。
あの髪も。
ローブも。
彼女から逃げようとしているのかもしれない。
ノストは
彼女の髪とローブに
同情するように
自己投影することで
一瞬だけ
現実逃避をしかけたが
すぐに
我に返り
現実に戻ってきた
「私は
そばにいてくれるだけで良い
そう言ったのに」
声は再び静かになった。
だからこそ、
先ほどより怖かった。
「だからね
あなたを生かして
返すわけにはいかないわ」
彼女の笑顔につられて
ノストも笑顔になる。

「この島には
父親を失った子どもたちが
たくさんいる」
「そんな子どもたちが
父親恋しくて
あなたについていきたい
旅に出たいなんて
言い出して」
「また島から
大切なものが
奪われてしまっては困るもの」
そして――。
セルシアの顔に、
またあの笑顔が戻った。
先程までの
寂しさや怒りを
素直にぶつけたような
笑顔ではない
「そこで思いついたの」
その表情は、
刃物そのものだ
それまでの
怒りそのものよりも。
この穏やかな一言の方が、
よほど恐怖を感じる。
「この島の
灯台の
話は知っている?」
「私たちは、
あの灯台と、
そらとぶクジラを含めて
世界図書館と呼んでいるわ」
セルシアは玉座から立ち上がった。
窓辺へ歩いていく。
その向こう。
森の向こうに、
一本の白い灯台が見える。
そして
空には当然のように、
あの巨大な白鯨が漂っている。
島を囲うように。
島や世界を見守るように。
あるいはーーー。
獲物が運ばれてくるのを
いまかいまかと
待っているように。
「あの灯台の最上階は
祭壇になっていて」
「その祭壇にある
大きな丸い台座に
置かれたものは
物質から
文字に分解され
宙を待いながら
あの鯨の元へ行く」
「そして
灯台のその祭壇に、
もう一度
「本」や「書物」として
この世界に具現化されるの」
「その祭壇で
『分解されたもの』が
見てきた
景色を書き記してね」
セルシアは窓の外を見ながら言う。
「世界図書館」
「どう?
ぴったりな
名前でしょう?」
ノストは返事をしなかった。
そして
恐怖によって
いつの間にか溜まっていた
唾を殺すように大きく飲み込む
「普段は
この島に流れ着いた「漂流物」で
それを行なっているのだけれど」

セルシアが、ゆっくり振り返る。
「その漂流物の中には
血や骨や肉片などもあって
そこから本を作ったこともあるわ」
――血。
――骨。
――肉片。
ノストは理解した。
自分は漂流者や旅人として
ここにいるのではない。
目の前にいるこの女
女王セルシアは、
私のことをーーー。
「漂流物」として扱おうとしている。
そしてセルシアは、ひどく楽しそうに尋ねた。
「あなた旅人さんよね?」
「さぞかし
楽しい冒険をしていらっしゃったの
でしょう?」
「私は
この島を守らないといけないから
外の世界に出ることができないの」
遠く離れた窓の外を、
世界鯨の巨大な影が
ゆっくりと横切っていく。
その白い身体が太陽を遮り、
一瞬だけ
ノストたちがいる
広間が薄暗くなった。
「そうねー…
私今、楽しい
冒険話が読みたい気分だわ」
「あなたの
これまでの冒険譚は、
どういうものだったのかしら?」
会話中、目に焼き付いた
セルシアの笑顔が、
闇の中で浮かぶ。
そして――。
「今から」
「「“読むのが“」」
「楽しみだわ」
世界クジラが通り過ぎる。
再び陽光(ようこう)が
差し込みはしたが、
女王の笑顔だけは、
少しも明るく見えなかった。

クジラの低く深い
歌声が島全体を響き渡り
この城の窓を叩き伝わってくる
その音は窓ガラスが
ガタガタと言う音と
共に
ノストの耳には
劈く(つんざく)ように
クジラが歌う
食事の余興のように
それまでの
旅の思い出と共に
脳内を
食事でもされたかのように
ノストの頭に響き渡った
