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世界クジラ①

9月28日
読了時間: 8分







白い海に

囲まれた

小さな島があった



どこまでも

白く輝く幻想的な海。





その上空を、

一頭の巨大な白い鯨が

悠然と泳いでいる。




翼などない。



それでも鯨は、

海の中を泳ぐのと

何ら変わらぬ様子で、


雲の合間を

ゆっくりと

泳いでいた



島の浜辺には、

一本の灯台が

立っている。



その最上階は

巨大な円形の床になっていて



舞台にも、

祭壇にも見える

その場所の中央には、

古びた台座が

ひとつ置かれている。





この島には、

昔から

多くの漂流物が

流れ着いた。


島を取り巻く

潮の流れのせい

なのか



あるいは、

この白い海

そのものに

何か理由があるのか




遠いどこかで

失われた品々が、


その白い海を

通り、

不思議と

この島へと

辿り着く。





そして

島の人々は、

それらを

灯台の頂へ運んだ。


漂流物を

祭壇へ置く。





すると――


その漂流物が、

淡く光り始める。



木も、

鉄も、

布も。宝石も。



形あるものが

光に包まれたあと、


ほどけるように

崩れていき、

やがて無数の文字へと

変わっていく。




その文字は

風に乗り、

螺旋を描きながら

空へと舞い上がる。





はるか上空。

白い海の上を

泳いでいた

鯨のもとへ、


その文字たちが

吸い込まれていく。




やがて、鯨が歌う。



低く、遠く。



島全体を包み込むような、

不思議な歌声。




その歌が響き渡ると、

何もなくなった

祭壇の上に

再び眩しい光が生まれる。




光が収まったあとには、

数冊の本が置かれていた。




本に記されているのは、

漂流物が

辿ってきた歴史。



誰の手に渡り、

何を見て、

どのような土地を巡って、

ここまで辿り着いたのか。




まるで

物そのものが

記憶していたかのように、


その物語が

綴られている。





この施設を作ったのは、


遠い昔、

この島を訪れた

一人の大賢者だと

いわれている。



その時、

その賢者は

自身のことを

ワイズマン

と名乗っていた。



そして現在、

人々は

その灯台のことを、

世界灯台と呼び


そのクジラのことを

世界クジラ。


もしくは――

世界図書館

と呼んでいる。






***







灯台から

少し離れた海岸。



白い波が

静かに打ち寄せる浜辺で、

少女たちが

漂流物を拾い集めていた。




漂流物から

生まれる本は、

島の人々にとって

貴重な娯楽でもある。






そのため島には、

浜へ流れ着いたものを集め、

仕分けする仕事が

存在していた。





エナも、

その仕事を任された

少女の一人だった。




とはいえ――

今日はどうにも

仕事が進んでいない。



「これ、まだ使えそう!」



砂浜の中から

見つかったのは、

丸いボールだった。




担当の少女たちは、

いつの間にか

漂流物の仕分けを忘れ、

白い砂浜で

ボールを投げ合って

遊び始めていた。





そんな

ときだった。








「おーーーーーい」






ボールで

遊ぶことに

夢中になっていた

エナたちが、

ふと動きを止める。




「おーーーーーーーーーい」




「……?」




エナたちは

海の方を見る。





白い波の向こうに、

小さな影があった。






ひどく傷んだ、

小さな船。





その船から

一人の男が飛び降り、

こちらへ向かって

大きく手を振りながら

走ってくる。







そして

その男の服装は――

全裸だった。











「「キャーーー!!!」」







少女たちの悲鳴が

浜辺に響いた。





「ま、待ってくれー!!」




男が焦って

追いかけてくる。





きっと

遭難者であろう彼は、


人影を見つけ

喜びの表情を

隠しきれないのであろう


その男は

口元が大きく

緩みきっていた




しかし

彼女たちには

その姿が

余計に恐ろしく

見えたのだろう



少女たちは

蜘蛛の子を

散らすように

逃げていった。





ただ一人。

エナだけを残して。



もっとも、

他の少女たちと比べ、

エナが特別

勇敢だったわけではない。



エナは少し、

とろいところがあった。



逃げようか、

声をかけようか。

迷っている間に

その

髭面の大男が、

もう目の前まで

来ていただけだ。




「よかった……」




全裸のその男は

エナの前で

膝に手をつき、


「ぜぇ……ぜぇ……」


と荒い息を繰り返す。


「げほっ…げほっ…」


時折、

激しく咳き込んだ。




近くで見ると、

かなり大柄な男だ。








乱れた髪。


濃い髭。


日に焼けた肌。


身体のあちこちには、

長い旅をしてきたことを

思わせる

小さな傷が残っている。



そして

それらが、


裸で

あるから

よくわかる。






エナは

目のやり場に

困りながらも、

おそるおそる声をかけた。



「大丈夫ですか?」

「あのような小船でここまで?」



「あ、あぁ!」


男は

ようやく呼吸を

整えながら答えた。



「もちろん

 少し前までは

 もっと大きな船で

 仲間と一緒に

 旅をしていたんだ!!


 しかし

 この島にくる前、

 船が

 潮に飲まれて

 俺一人になっちまってな、、」





「なるほど、、」


エナは

海へ目を向けた。


「この島に

 旅の方が来るなんて

 私はじめて聞きました」




「この島から

 旅に出ていく

 人は時々

 いらっしゃるのですが

 帰ってきた人は

 一人も

 いないと聞きます」




「それで

 この島の外には

 世界なんてないのでは

 ないかと、、」



「この島では

 そういうお話に

 なっておりましたのに、、」




男を見上げる。


その瞳には、

はじめに感じていた

恐怖よりも

好奇心が浮かんでいた。



「本当に

 外からくる方が

 いらっしゃるなんて……」




「なるほど」


男は腕を組み、

白い海を振り返った。



「それは俺たちが

 巻き込まれた

 あの大渦(オオウズ)にも

 関係しているのかも

 しれないなぁ」




「白い海なんてはじめてみた

 きっとこの先には

 何かがあるに違いないと

 仲間たちと来てみたら」



「それを阻むように

 その大渦に

 巻き込まれてな」





そして

改めて島を見渡した。

風に揺れる草木。

遠くに見える山。

青々と茂る森。



「いやー!

 しかしよかった!」


両手を広げる。


「こんな緑豊かな

 島があって!!

 

 しかも

 無人島ではなく

 ちゃんと

 人もいて!!」



そう言い切ったあと

両手を大きく広げる

全裸男の視線が、

ふと空へ向いた。



遥か上空。



白い鯨が、

悠々と

島を横切っていく。




「空を飛んでいる

 鯨だけは

 気になるけどね!」



「あれは魔法か

 なんかなんかかい?」





――ピィィィィィッ!!



鋭い笛の音が、

穏やかな潮騒(しおさい)を

真っ二つに切り裂いた。




白い波。

青々とした島。

空を泳ぐ巨大なクジラ。


その幻想的な

景色の真ん中で、

裸の大男と

少女が

のんびり向かい合っていた。




そこへ、

硬い靴音が

ぞろぞろと

近づいてくる。




「貴様!!!」

「どこから来た!!!!」

「何者だ!!!」









よく通る声が

浜辺に響いた。



軍服姿の少女が、

こちらへ

向かって

まっすぐ歩いてくる。




「そして

 どうして

 裸なんだ!!!!」


「服を着ろ!!!!!!」





どうやら、

先ほどまで

ビーチボールを楽しんでいた

エナの仲間たちが

「管理局」へ通報したらしい。



ーー世界灯台管理局

この島の

女王「セルシア」直属、

精鋭の魔法使い集団である






「あ、、」


自分が

服を着ていないことに

ようやく

気がつく大男




「ちがうちがう

 ちがうちがう!!」


大男が慌てて

両手を振る。




「船に

 あるんだ!!!」


「濡れていたから

 このまま着ていると

 冷たくて

 風邪をひいてしまう!

 

 そう思って

 船で

 干していたんだ!!!」




「本当だ!!!!!」



「人影が見えたもんで

 つい!!!

 本当にすまん!」



「そろそろ

 乾いているはずだ!!!」


「私は、

 そういう

 趣味の男では

 ないのだ!!」




「どの港に行っても

 女には強く出れない

 酒の席でも全く喋れなくて

 バカにされる」



「それくらい

 すごく奥手な

 ジェントルマンなんだ」



「信じてくれ!!!」

「黙れど変態!!!」



カチャッ

重たい金属音がした。


次の瞬間、

大男の両手首には、

鋼鉄の手錠が

かけられていた。



男が手首を見る。



その向こうから、

別の隊員が走ってくる。



「ルカ隊長!!!」



「男の服と

 思われるもの

 船の中にありましたー!!!」





そして

慌てて

服を着せられた

その大男、もとい旅人は、


管理局に

連行されることとなった。






エナは

その後ろ姿を、

浜辺から

じっと見送っていた。



世界の外から来た男。



これまで、

そんな人間が本当に

存在するのかさえ

分からなかった。



その男が今、

自分の目の前を

歩いていた。




その旅人を連れた

一行は

エナたちのいる浜辺を離れ、

島の奥へと向かっていた。



そして

緑に

覆われた道を抜けると、

やがて景色が変わる。




森の向こうに現れたのは、

この自然豊かな島には

少し不釣り合いな街だった。




どこか、

未来の建物を思わせる。



素材そのものは

白い石のようにも見える。


しかし壁には

ほとんど継ぎ目がなく、

一枚の巨大な塊から

削り出したように滑らかだ。



直線よりも、

緩やかな曲線が

多く使われている

建物の壁面や街灯には、

大小さまざまな球体が埋め込まれ、

それが装飾なのか、

それとも何らかの機械なのか、




旅人

には見当もつかなかった。


男は手錠をかけられたまま、

きょろきょろと街を見回す。


そして男は――

少しだけ、

嬉しそうに笑った。


またひとつ。

知らない世界へ、

辿り着いたのだ。












 
 
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