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古代の脚本術

  • 執筆者の写真: 九品
    九品
  • 7月3日
  • 読了時間: 6分


Evil Writes Its Own Ending.

悪役は、自らの結末を描く








鳥山先生って


因果応報系の悪役

好きですよねw




こんにちはーw



鳥山先生というか

ドラゴンボールの話

なんですが


その前に





前回、


自信と、

専門性への敬意


このふたつを

持っている人が

成功しやすいよね


って話をしたのですが


一晩寝て起きたら

面白いことに

気がついて





最近の

編集さんって


漫画家を

下に見積もりがちな上に


特に読者さんの

予想をするのが

下手だな


それなのに

自分はできてると

思い込んでてw


客観性が異様に低いなって

思ったんですけど



これ

よく考えたら

専門性への敬意と

かなり

相関してますよね






漫画家は

客観性がないって

思い込んでいたり


勉強していないって

思い込んでいたりw


見誤るにしても

酷いもんなんですけどw





それ以上に


特に問題なのが

読者にどう見られるのかが

想像できないという点が

非常に問題でして


アイデアを

出すとかの場合は

必要ないんですけど


担当作品の指摘や

賞選びなど

そういった場面で


読者予想を

180度、

思いっきり外す


漫画に書いてあることを

それがないと言い張り

ダメ出ししてしまうなど


お客さんに出る前に

面白いものを

つぶしていたり


面白いものを

面白くなくしてから

出してしまう


読みやすいものを

読みづらくして

出してしまう

など



この問題は

非常にやっかいな

わけですが






気がついたんですよ



これ




専門性への敬意と


「想像力」という部分で

めちゃくちゃ

関連していますよね




客観性とは

何かというと


だーーーいぶ

前にも

お話したのですが


他の誰かが見ることや

他の誰かが

チェックすること

ではなく、


どう見られるかという

想像力が

客観性なんだよ


という話で


そのときは

別の誰かが

適当に見ることではなく


経験とか知識で

精度があがっていくような

技術的な話なんですよ


みたいな話

だったんですが


ようは

想像力







そして

専門性への敬意


これも

実は想像力の話でして



これは何かというと



それを描くのに

どれだけの時間を

費やしているのかとか


どれだけの勉強や

どれだけの練習

どれだけのボツ

どれだけの経験


どれだけ考え

どれだけの

下積みをしているのか

など


上手な人ほど

この辺を隠すのが上手く


一見すると

当たり前のように

やっていそうに

見えるかもしれないですが




そういう

舞台裏を想像するのが


専門性への敬意


なんですね




客観性も

専門性への敬意も


実は

両方とも

人に対する想像力の

分野なんですよ






漫画家や

絵を描く職業だけでなく


スポーツ選手や

エンジニアさん


それだけじゃない

ビジネスマンや

主婦の人など


なんなら

毎日ゲームをしている

ニートだって


そのゲームの

専門知識を持っていて

攻略法を

経験から

学んでいるわけでw



この世の

ありとあらゆる職業が

専門性を

孕んでいるわけですが





目の前にいる人の

それを

想像できないような人が


読者の予想をするなんていう

客観性を持っているはずがない




そういう

関係性があるんですね





だから

客観性を持つ

第一歩として


見えないように

隠していたりはするけど

わかりやすい方である

漫画家さんの

下積みくらいは

想像できるように

しようぜw


読者さんが

バカにしてくるのは

半分ねらってるから

良いんですけど


編集者くんたちは

ダメでしょw



そんな感じですねw


(逆に読者さんには

 気づかれてたけどw)


(それが

 確認できてしまったせいで

 今の編集さんたちって

 本当におバカさん

 なんだなとw)









ちなみにですね


編集さんは

客観性がない人が

いっぱい

いますけどw


漫画家さんで

客観性がない人って

あまりいないと

思っていて



そのかわり


面白いって

なんなのかが

わかっていないとか


絵ばっかり書いてて

物語は全然勉強できていない

とか


専門知識の不足とか


研究深度が足りないとか


読者さんの需要と

趣味が違うとか


迷走中とか


自分でも

なんか違うって思いながら

出している


とか


あと

開き直ってるとかw



そういうのは

ありますけどw


客観性がないは

たぶん

そんな人

いなくてですねw







あとですね


できたあとは

すごいものができたと

思い込む


みたいなこと

言われるじゃ

ないですか




それって

打ち合わせとかを

すると


議論の決着がつく

すっきり感と

混ざっちゃって


そうなるのかも

しれないんですけどw



一人で作っていて

一人で判断する場合は

ですねw




ひじょーーーーーーに

ネガティブでですねw



これでいいのかなぁって

もっとよく

できたんじゃないかって

思いながら

悩みながら寝て


起きた時に

判決が出ますw



そんな感じで

良い絵書いたなぁとか

面白い漫画書いたなぁって


そういう

ポジティブなことを

感じるのは

あとですねwww



作っている最中や

作ったすぐあとは

ネガティブな誤解を

しがちでw





でも逆に

最近あった

客観性がないなって

思うエピソードとしては


AIイラストですねw


こっそり

何回か挑戦していて


これでいいじゃん

って毎回思うんですけど


毎回

次の日みたら

これじゃダメでしょw


ってなるんですよねw




色んな実験をして

作れたとか

よくなった!っていう

すっきり感と混ざって


良いものができたと

勘違いしてしまうのかなw


ちょっとずつ

よくなっていっては

いるんですけど


一度寝て

次の日

実用レベルじゃないなぁって

なっちゃうんですよねw







というわけで


客観性と

専門性への敬意


の関係性についての


お話でした







じゃ

なあーーーーーーーーい!!!!!wwww






ドラゴンボールのですねwww


みんな大好き

ベジータ編以降のですねw


話作りってですねw



たぶん

みんな


悟空が変身して強くなって

敵をぶっ飛ばす

っていう


イメージだと

思うんですよw





でも

ちゃんと見てみると


ぜんっっぜん

違うんですねwww



その話がしたくてw



敵が

自らやった行いによって

自ら敗北を招くという




因果応報的な

物語だったり

するんですよwww





仲間である

ナッパを殺した

ベジータは


ヤジロベーやクリリンなど

悟空の仲間によって

退散を余儀なくされる


という

仲間が

トリガーになっていて




プライドが高く

逃げられない

フリーザは


自らの気円斬で

身体が真っ二つになり

なんとか生還したものの

地球まで

追いかけてきたせいで

トランクスに負ける



プライドが高い

逃げられない

自分でやった行いが

返ってくるといったものが

トリガーになっている





セルは

温厚な悟飯を

怒らせたのが敗因に

なっていて



魔人ブウは

人間を吸収すると

人の心を手に入れるという

弱体能力や


地球を滅ぼしたあと

地球人みんなで作った

元気玉によって負けるなど






おそらく

みんなが持っているであろう


超サイヤ人に変身して

敵を倒すというイメージとは

全く違い


敵が

自分でやった

悪い行いによって


それの

しっぺ返しをくらい

負けるという



非常によくできた

物語でですねwww




鳥山先生って

因果応報系の

物語を作るの

めっちゃうまいんですよwww




これは

古代ヨーロッパから

言われていた


物語の作り方でですねw


他にも

それについて

色々話したかったんですが


長くなっちゃったから


今回のブログでは

ここまでに

させてもらおうと思いますw





以上でーすw














 
 
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